夏、河川敷にて・・・・

 

岳瀬浩司 著

 

 

 

 


 

 

 岡村哲三、47歳。無職、住所不定・・・・、いわゆるホームレス。

オンボロのリヤカーを引いた彼がこの町に辿り着いたのは、きっと運命だったのだ。

―――ボロボロの衣服、黒光りする薄汚れた顔、生えるがままに放置しているだらしないあごひげ・・・・。

ボサボサの痛みきった長髪にシラミが涌き、夏場の蒸し暑さに体垢が醗酵した異様な汚臭を周囲に撒き散らす彼に、近付いて来る者は誰一人としていない。そして、道行く誰もが彼からわざと目を逸らし、その存在すら黙殺してしまうのも、彼のその薄汚い粗末な格好からして無理からぬことであった。

生まれついての不精者。そう、「転落の理由」というものが特に彼には存在しない。他人から指図されたり、勤勉に働くということが嫌いなだけだったのだ。そして彼は既に20年以上もこんな浮浪の暮らしを続けている。社会の枠から外れ、勝手気ままに過ごす今の生活を、もはや憂う気持ちは微塵も存在しない。いや、もう戻れないことを彼はよく知っていた。今さら人並みの暮らしを望もうが、余りにも年を食いすぎているのだ。

利己的で頑固者。協調性に欠けた彼は、ホームレスの世界でも「はぐれ者」扱いだった。そんな彼は都内のあちこちの公園や路上で、他のホームレスたちと次々にトラブルを起こし、遂にこうして『都落ち』を余儀なくされたのだ。

行くあても無く、ただ単に夏の猛暑をしのぐ目的で、北を目指してリヤカーを引き続けた哲三。通りすがらに拾い集めたダンボールや古紙類を地元の回収業者に「又売り」して日銭を稼ぎつつ、あちこちのコンビニで廃棄された賞味期限切れの弁当で空腹を満たし、あてもない浮浪の旅を続けた。

都会の喧騒をようやく離れ、未だに田畑が数多く点在するこの町に哲三が辿り着いたのは、既に暑さも本番の八月のことだった・・・・。

 

 


 

第一章   「瑞穂」13歳

 

 

 瑞穂(みずほ)はいつもように、家で飼っている子犬の散歩の為にそこを訪れた。家の近くを流れる大きな川の河川敷に。

ここは大都市の郊外の新興住宅地である「F生市」。そして、ここを東西に流れる「F生川」。一級河川として河岸はコンクリートで整備されていて、その斜面には河川敷に降りるための階段が設けられている。そして河川敷は整備された広場になっていて、増水時以外は公園として利用されているのだ。

学校は既に夏休みに入っており、今日も愛犬の子犬「ポンタ」の散歩に訪れた瑞穂。夏休みに入っても、こうして夕食前の時間帯には必ずこの河川敷を訪れている。

お下げ髪も可憐で、日焼けとは無縁のくすみ一つない細い二の腕。夏らしくノースリーブのオレンジ色のシャツ、そして細くて長い脚を膝上まで露出させる紺色のキュロットスカート。そんな原色の組み合わせが少女の素肌の白さを強調している。何よりも少女の清楚さが眩しい。身長は150センチくらいで小柄だが、それでいて萌え始めた「乙女の息吹き」というものを、その華奢な肢体のあちこちに漂わせている。まさに『美少女』だ。

最近、この河川敷にホームレスが住み着いていることは瑞穂も良く知っていた。「最近」とは言っても、既に二週間近くになるのだが、川をまたぐ高速道路の橋の下、不法投棄の家電品が放置されている護岸堤防の上にダンボールを組み合わせた粗末な小屋を作り、そこに一人のホームレスが住み着いているのを瑞穂も何度か見ているのだ。しかも、河川敷で子犬を遊ばせていた最中、偶然にも男が川辺で立ち小便をしている所にバッタリと出会わせてしまったこともあった。

―――何年間もずっと着続けているような汚くてボロボロの衣服。モジャモジャした長いヒゲと頭髪。そして、日焼けとも汚れとも判らない赤黒っぽい顔―――。

瑞穂にとって、その男は明らかに“別世界の人間”だった。父親が急成長を遂げている会社の重役で、その一人娘として何不自由なく恵まれて育ってきた十三歳の彼女にしてみれば、こうして実際にそのような存在を見たのは生まれて初めてだったのである。

「お母さん、最近、川の橋の下に変な人がダンボールでお家を作って住んでるんだよ」

「あら、いやだわ、気味が悪いわねぇ・・・・。瑞穂ちゃんもそんなところに近付いちゃダメよ」

「はぁい」

母親から注意されるまでもなく、瑞穂にしても薄気味悪かった。だから、男がそこに住み付いてから今日までずっと、その橋の近所だけは、なるべく避けるようにしていたのである。

「ほらほら、茂みの中に入っちゃだめだよ、ポンタ。・・・・、ふうっ・・・・」

今日もこうしていつものように、河川敷で子犬を散歩させる瑞穂。首紐を解き、芝生の上で子犬を自由に遊ばせている。が、そんな様子を見守りつつも、ふと溜息をつき、いつの間にか物思いに耽ってしまう・・・・。

現在、瑞穂には同じ学年のボーイフレンド「勇一」がいる。ケンカの最中なのだ。原因は彼が夏休みに入ってから、キスだけでは物足りなくなって瑞穂の身体まで求めてきたからである。胸を触られるところまでは瑞穂も仕方なく許したものの、それ以上の進展を頑なに拒絶した彼女に勇一はヘソを曲げ、それ以降、電話すら途絶えているのである。中学2年の少女にとって、それが今一番の悩み事であった。

―――瑞穂の心は揺れていた―――。

彼女は一日でも早く勇一に会って仲直りしたかった。しかし、心根の素直な優しい彼女は、彼氏の要求を拒んだ自分に非があるものと思い込んでしまっていた。よって、「仲直り」=「身体を許す」という展開をどうしても覚悟しなければならなかったのである。

瑞穂は勿論「処女」である。そしてファーストキスは勇一に捧げた。しかし、それ以上のスキンシップの進展にはどうしてもためらいがあった。勇一への想いが軽いという訳ではない。彼との交際を許してくれた母親からの言い付けも確かにあったが、セックスとは自分も相手も、心と身体がもっと大人になってから将来を誓い合う“儀式”として行うものだと固く信じていたのだ。つまり、多少古い考え方だが、瑞穂にとって大切なバージンを捧げ、その心と身体のすべてを委ねる相手は、「現在の中学二年生の勇一」ではなく、結婚を誓い合った「未来の大人の勇一」であって欲しかったのである。

そんな異性に対する悩みを一人でその胸に秘めつつ、家族の前ではいつも明るく振る舞っている瑞穂。が、時に眠れぬ夜、勇一のことで心が満ちてしまい、キュンと胸が締めつけられるような切なさに涙が込み上げてくることもあった。

ところで現在、瑞穂の父と母は仕事でヨーロッパに出張中だ。会社の大事な商談成約の為、そのレセプションに専業主婦である母までが同伴しなければならないケースがよくある。勿論、学校が休みの時は観光目的で瑞穂も一緒に付いていく。

しかし、夏休みだというのに、今回の父親のヨーロッパ出張に瑞穂は付いていかなかった。ポンタの世話を口実に利用したが、実はずっと勇一からの電話を待ち続けているのだ。

既に二日前から広い家に一人ぼっちの夜を過ごしている瑞穂。しかし、肝心な勇一からの電話は未だにかかっては来ていない。それが夜の孤独とあいまって少女の心に益々不安を募らせる。

(早く会いたいよ・・・・、勇一君・・・・)

もはや散策させている子犬の動向にも関心は薄れ、彼氏の姿を脳裏に浮かべながら少女は広い河川敷に一人静かに佇む。

お盆も迫った河川敷公園は本当に人が少なかった。もしも、彼氏への想いを募らせる瑞穂がこのまま感極まって涙ぐんでしまっても、誰にも気付かれないことだろう。まだまだ新しい町ゆえに、多くの世帯がこの時期に一斉に帰省してしまうのだ。広場をグラウンド代わりに草野球をしている少年たちも、いつもの三分の一くらいの人数だ。

ふと、遠く川の向こう岸から工場のサイレンが瑞穂の耳にも響いた。午後5時の終業を告げるサイレンだ。こうしてこの川の左岸は広い河川敷が広がり、市民の憩いの場所として整備されているというのに、右岸側は余りにも殺風景だ。川の流れが護岸まで迫っており、高い塀で囲まれた大きな工場の屋根と、高い煙突が三本、白い煙を空に放出しているのが見えるだけなのである。

そして、三本の煙突からモクモクと涌き出る白い煙は、川下の方角へと強い風に流されていた。既に頭上の雲行きがあやしくなり始めていることに瑞穂はまだ気付いてはいない。勇一のことで胸を詰まらせ、心を揺らすばかりである。

「・・・・勇一君」

遂に少女は心に満ち溢れた愛する少年の名を、その可憐な唇でポツリと呟いていた。芝生の上を無邪気に駆け回る子犬の姿が、次第に少女の瞳の中で輪郭をぼかし、滲み始める。

しかし、心一杯に満ち溢れた勇一を想う一途な気持ちは、突然頭上から鳴り響いたゴロゴロという天のいななきにあっさりと吹き飛ばされてしまった。

「あっ、大変、降ってくるわ!」

瑞穂は夕立ちが近付いていることにようやく気付いた。

「ほらポンタ、お散歩は終わりよ」

轟き始めた雷鳴に怯える子犬を素早く抱き上げ、瑞穂は急いで広い河川敷を駆けた。ようやく護岸堤防のところまで辿り着くと、コンクリートの堤防の階段を急ぎ足で駆け上がっていく。しかし、既に遅かった。ひときわ大きな雷鳴の轟きと共に稲光が少女の背後を強烈に照らすや、大粒の雨がコンクリートの色を点々と変え始めたのだ。

「だめぇっ、ポンタが濡れちゃうよぉ」

すでに護岸堤防の長い階段を上り切り、家路を目指す気でいた少女に、もはや他の選択肢はなかった。一気にどしゃ降りの様相を呈する中、懸命に目を凝らして最も近い雨宿り場所を探す。広い護岸堤防の上、少女の視界に映る構造物は、20メートル程先にある高速道路の大きな橋だけだ。子犬を濡らすまいと必死に努める少女は、夢中で橋の下を目指して駆け出していた。

「ポンタ、もう少しだよ。我慢してね」

前かがみになって胸元に抱いた子犬を大雨から守りつつ、少女は一人、橋の下へと走っていく―――。

 

それが、瑞穂十三歳・・・・、生涯忘れることの出来ない屈辱と涙の悲劇・・・・。

―――夏、自宅近くの河川敷にて・・・・。

 

 


 

 

第二章   哲三の苛立ち 

 

 

 「くそお、退屈な町だ。まったく・・・・」

哲三は小屋の中で一人、そんな不満をぶちまけていた。

薄汚れたランニングシャツに作業ズボンをカットした不恰好な半ズボン姿。小屋の寝床にゴロ寝したまま、競馬のラジオ中継を耳にしている。

哲三が居を定めたのは、この町の外れ。大きな川が流れる護岸堤防の上だ。頭上には高速道路用の大きな橋が架かっていて雨に濡れる心配もない。しかも、不法投棄の家電製品が数多く放置されており、ホームレスが住み着いても余り目立たないような絶好の場所だった。立ち上がると頭が届くほど橋組みの鉄骨が迫っていて、高速道路を大型車が通るたびに音や振動が激しいのが難点なのだが、ホームレス過剰で雑魚寝する場所にすら窮する都心と違い、橋幅20メートル以上のこんな構造物下の広いスペースが独占状態なのである。堤防下に広がる河川敷で簡単に自分の糞尿が始末できるばかりか、完全に直射日光の遮られたこの場所はコンクリートも幾分ひんやりとしていて、今年の猛暑を乗り切るには最適の場所と判断したのだ。

哲三はそこにダンボールで小屋を作った。“小屋”とは言っても、単なる“囲い”に近いものである。立地条件をうまく利用し、頭上に迫る鉄骨の橋板をそのまま屋根代わりとし、ちょうど堤防と一体化している南側の大きなコンクリート製の橋脚を背後の壁に用いた。そして、硬いコンクリートの地面にクッション用のダンボールを二重に敷き詰め、それを工事用のブルーのシートで覆って3畳ほどの寝床にすると、大きくて丈夫なダンボールをその周囲の“壁”としたのである。リヤカーに設営道具一式を準備していた為、ダンボールハウスは2時間ほどで完成した。そして、何と嬉しいことに、設営したダンボールハウス近くの橋板の鉄骨と鉄骨との間に、電気メーターを撤去したらしき痕跡と、そのすぐ横に垂れ下がっている電線を発見したのである。試してみると100ボルトの家庭用交流電気が今も通電していた。盗電の知識に長けた哲三がこれを見逃す筈はない。早速、外部に明かりが漏れないように工夫して小屋の中に電球を取り付けたのだった。

(こりゃあ、いい場所が見つかったぞ! それに、こんなに広い小屋を作れたのは初めてだ)

最初は哲三もそんなふうに思っていた。しかも町が豊かなせいで残飯や古着、古紙、廃品が実に多い。欲しいものが簡単に手に入るのである。「衣・食・住」に関しては、ホームレス同士の競争が激しい都会の比ではまったくなかったのだ。

ところが、である。彼が満ち足りた気持ちでここに過ごせたのは最初の1週間ほどだった。新しい町だけに娯楽に関しては余りにも乏しかったからである。

哲三は競馬の趣味があった。都会の公園や路上を点々としていた頃は、必ず週に一度は場外馬券売り場に通い、無け無しの銭で気持ちを熱くさせていたものだった。それが旅を始めてからここ1ヶ月以上の間、ラジオで競馬中継を聞くだけになってしまっていたのだ。しかも、一日分の残飯を確保したり、毎晩のカップ酒を買うために古紙類や空き缶を集める仕事等、一日を生きる為に最低限費やす時間というものが、都会の頃と比べて余りに短く済んでしまい、暇を持て余す時間というものが倍増してしまったのである。

「ちくしょお・・・・、このレース買ってりゃ当ってたぞ、クッ!」

ゴロ寝しながら競馬中継のレース結果を聞き、悔し紛れに寝床を思いきり殴りつける哲三。が、それは間違いなく彼の身勝手な憤りでしかない。こんな堅い“鉄板レース”で配当の低い一番人気を彼が買うはずがないのだ。哲三はいつも懲りもせずに高配当な万馬券ばかりを買い求める男だったのだ。

「フウーッ・・・・、退屈だ、まったく・・・・」

哲三の愚痴は本当に身勝手極まりないものだ。「衣・食・住」に窮して何度も死にそうになった都会での生活をもう忘れ、食うにも困らない今では、持て余した暇をこうしてボヤいてばかりいる。既にいい年をしていながら我が侭な彼の性格が伺えるというものだ。

やがて哲三はラジオのスイッチを切ると、ゴロ寝したまま手探りに小屋の隅へと手を延ばした。そこには無数に積み重ねられたエロ本があった。町のあちこちから彼が拾ってきたものだ。

哲三は無作為に一冊のエロ本を手に取った。今の彼にとって拾ったエロ本をオカズにオナニーに耽ることだけが、毎日の暇を紛らわす唯一の娯楽だった。特にこの町にやってきて、栄養価の高い残飯にありつけるようになってからは、彼の性欲は留まることを知らない。ここ数年来、枯れかけていたはずの彼の男の本能が、彼自身でも信じられないほどに目覚しい回復ぶりを見せていたのだ。

パンツを膝までズリ下ろした哲三は、身を横向きに寝返らせ、エロ本を見ながらたちまちペニスをしごき始めた。

しかし―――、

「チッ、ケバイ顔だぜ、これで本当に素人女かよ。こんなんじゃ、遊び過ぎでマ○コも真っ黒けに決まってらあ、フンッ―――!」

そう言って、見ていたエロ本をコンクリートの壁に投げつけると、オナニーも半ばであっさりと身を起こしてしまった。

半萎えの黒ずんだペニスもあからさまなままに、最良のオカズを求めてエロ本の束を漁る哲三。が、もはやそこに彼を新たに刺激するものはなく、辛うじて彼の性欲に満ち溢れた心の琴線に触れたのは、三日ほど前までのオナニーで彼が数日間に渡って用い続けていた「美少女系アダルト雑誌」だった。しかもその時の彼は、珍しくヌードページではなく美少女アイドルの水着写真で何度も“フィニィッシュ”を遂げたのであった。

「ああ・・・・、一度でいいからこんな可愛い子とやってみたいもんだ・・・・」

とかく独り言の多い哲三。思ったことは何かと口にしなければ気が済まない。そんな彼が見開いているその雑誌のグラビアを飾る一人の美少女アイドルの水着姿―――。

『奈瀬沙織里(なせ さおり)』 

均整のとれたその可憐な顔立ちにあどけなさこそ色濃く残るものの、ビキニに包まれたそのしなやかな肢体は、成長過程にある乙女特有のボディーラインというものを如実に訴えていた。

そんな美少女アイドルの何の変哲もない水着のグラビアページなどに彼が関心を持ったのは、その少女の年齢に余りにも驚かされたからだ。彼女のスリーサイズを知ろうとそのプロフィールを読んだ哲三は唖然とした。身長156センチ、B80・W55・H82センチ―――、何とこれでまだ十二歳の小学校6年生だというのだ。確かに小学6年生の子供らしい服装のページもあった。そこだけを見れば、単に子供ながらにして美し過ぎる類稀な少女にしか思わなかったことだろう。だが、その水着姿はもはや子供ではない。確かにあどけなさもそこかしこに伺えるが、それが妙な色気を漂わせる余りにも魅惑的な肢体だったのである。

この時、哲三の心の中では凄まじい妄想が膨らんだ。

(きっと、まだこの子は男なんてものを知らない。こんなウブな子を思いきり犯してみたい・・・・。ああ、こんな可愛い顔して、こんな色気のある肉体で、まだ十二歳の小学6年生だなんて・・・・、ウッ―――!)

気が付いた時にはもう、床に敷かれた工事用のブルーシート一面に、哲三はおびただしい量の白濁のザーメンを撒き散らしていた。

哲三は特にロリコンという性癖を持ち合せていた訳ではない。しかし、彼にとって女性は若ければ若いにこしたことはないのも事実だ。それに遊び慣れた生意気女の年齢以上にくたびれきった肉体にはもはや興味を示せなくなっていた。こんな年になって、いや、こんな年になった今こそ、まだまだ若すぎて何も知らないような、初々しく可憐な「少女」という存在に心惹かれ始めたのである。特に最近では、ブルセラ系のアダルト雑誌が彼のお気に入りになっているのだ。

こうして、しばらくの哲三は美少女アイドル「奈瀬沙織里」の水着写真をオカズに妄想を膨らませ、オナニーライフに耽っていた。同時に彼女の存在を知って以来、彼は捨てられている雑誌の中からエロ本ばかりを物色せず、アイドル雑誌のチェックも決して怠らないようになっていた。が、彼女はどちらかというと余りメジャーではないらしく、新しい写真(オカズ)の入手は未だに出来ないでいるのが現状だ。

「チッ、日が暮れる前に、何か手頃なのを探しにいくとするか」

さすがに何日も連続でオカズに用いていた写真だけに、お気に入りの少女とはいえ哲三も余り乗り気になれなかった。しかも先程から、頭上の高速道路を大型車が通過する音が気になってなかなか集中できない。さりとてこのまま欲求不満を悶々とくすぶらせるのは、1分1秒でも堪えられなかった。いつもなら古紙や空き缶回収を兼ねてエロ雑誌を物色しているだけなのだが、怠け者の哲三をしてもエロの原動力は凄い。お目当ての彼女でなくても、とにかく最近ハマっている「美少女系・ブルセラ系」の新しい雑誌を入手しようと、町中のゴミ捨て場を探索することに決めたのだ。

ずり下ろしたままのパンツを急いで引き上げた哲三。数日前に町で拾った大きめのバッグを手に取った。そして、低い鉄骨の天井に頭をぶつけないように背中を丸めて立ちあがると、入り口付近に置かれたボロボロの革靴に裸足のままで足を通し、鉄骨と鉄骨との間にぶら下がる電球の電源を切った。たちまち暗闇が支配する小屋の中、フケだらけの頭を掻きむしりながら、小屋のダンボール製の扉を手探りで開いていく。が、しかし―――、

(ドドーン、ゴロゴロゴロ―――)

「えっ・・・・!?」

扉を大きく開けた哲三は外の様子を見て愕然とした。まだ5時を過ぎたばかりだというのに余りにも薄暗いのである。何と雷を伴ったかなり激しそうな夕立ちがすぐそこまで近付きつつあったのだ。先程から高速道路を大型車が通過する音だとばかり彼が苛立たしく思っていたのは、実は雷の音だったのである。既に西の方角の空は暗雲に覆われ、遠くの景色が白んで見えるまでになっている。

―――ピカッ―――!

(ゴロゴロゴロ―――)

ひときわ強く光った直後、大きな雷鳴が響き渡り、たちまち滝のような大雨が眼下の河川敷を濡らしていくのを見て、哲三は途方に暮れるしかなかった。

「ち、ちくしょお、天気まで俺を馬鹿にしやがって!」

小屋の外でただ夕立ちの激しさに呆然と立ち尽くすしかない哲三。雨はどしゃ降りの様相を呈している。これではエロ本を探しに出掛けることなど出来ない。いや、もはやこの調子では明日以降とてしばらくエロ本の収穫は絶望的な状況だろう。廃棄されている町中すべてのエロ本は、きっとこの夕立ちでずぶ濡れになっていることはまず間違いないからだ。

目前の河川敷の風景が次第に白んでいくのを小屋の前で恨めしそうに見詰める哲三。

しかし―――、

哲三は激しい夕立ちに白む景色の中、堤防の上をこちらに駆け込んで来る小さな人影に気付いた。いくぶん逆光の中、目を凝らしてみると、何かを胸元に大事そうに抱えた女の子であることがすぐに判った。

咄嗟に哲三はすぐ近くに放置されている廃棄冷蔵庫の影に隠れた。見つからぬようにこっそりと、橋下に駆け込んでくる女の子の様子を観察する。

女の子は橋下に駆け込んでくるや、その胸元に大事そうに抱えていたモノを、腰をかがめてゆっくりと地面に置いた。小さな犬だった。

(あっ、あの子は!)

暗がりにいささか逆光気味だったが、その人影が、いつも夕刻に子犬を河川敷で遊ばせている少女であることを哲三はすぐに確信した。

実を言うと哲三は彼女をよく見知っていた。というのも以前、彼がたまたま河川敷の川辺りで立ち小便をしていた時、突然あの少女の連れている子犬に吼え付かれたことがあったのだ。すぐに、慌てた様子で少女が駆け寄ってきて、急いで子犬を抱き上げるのを、哲三は立ち小便していることも忘れ、惚けたまま見とれてしまった。

―――おそらくまだ中学生くらいだろう。サラサラした清楚感溢れる長い黒髪をおさげ髪に束ね、あどけない可憐な雰囲気を色濃く残したままに何とも魅惑的な瞳、そしてミルク色の白い肌―――、抱きしめれば折れてしまいそうな華奢な肢体―――。若さだけを売りにしてエロ本に出てくるような昨今の素人女とは一線を画する、まさに「少女」という呼称こそが相応しい、穢れを知らぬ神秘的な妖精・・・・。

「ご、ごめんなさい」

胸元に子犬を抱きながらペコリと頭を下げ、澄んだ可愛らしい声で一言そう謝ると、彼女はたちまち小走りで哲三の前から去っていったのである。それが彼女と哲三の「出会い(?)」だったのだ。

その時、放尿を終えたにもかかわらず、哲三はダラリと黒ずんだペニスをしまうことも忘れ、河川敷を駆けていく少女の後ろ姿に釘付けになっていた。

(ああ・・・・、何て可愛らしい子だ。それに素直で・・・・)

わずか数秒だけの対面であったが、彼女の育ちの良さ、そして無垢可憐で素直な性格というものが、哲三にも痛いほど伝わってきた。そして同時に、少女の暮らす世界とはもはや無縁である自身の境遇が少し恨めしくも感じたものだった。

以降、哲三は遠くから、子犬の散歩で河川敷を訪れる少女の姿を目で追うようになった。偶然の接触を期待して河川敷に降り立つこともしばしばあったが、遠目に彼女の様子を見守るだけで、彼女に決して近付きはしなかった。怯えた少女が二度とこの河川敷にやって来なくなるのを恐れたのだ。

しかし、それも致し方ないことだ。事実、彼の身体は余りにも臭い。いや、「臭い」などと簡単な言葉では片付けられない。腐ったタマゴが醗酵したものより更に強烈な悪臭を放っている。ここ二十年近く、まったく風呂に入っていなければ当然のことだ。

人間の環境適応能力はすごい。季節にもよるが、たいてい1ヶ月以上も風呂に入らず、不衛生な路上生活を続けていると、皮膚の垢が堆積してやがて醗酵し、鼻も曲がるような凄まじい異臭を放ち始める。普通であれば嗅覚が破壊されるまでの悪臭である。が、本人にはそれがまったく平気なのである。そして、腐った垢塗れの皮膚は次第に厚みと固さを帯び、黄色く変化していく。同時に頭髪も光沢を失い、ボサボサでフケまみれの灰色を帯びて来るのだ。

そんな皮膚状態で既に二十年以上暮らす彼にとって、もはや入浴はかえって命取りだ。たとえ夏場であろうとも湯冷めして必ず風邪をひいてしまう。しかも、不衛生な屋外生活においては、たちまちそれを肺炎にまでこじらせてしまう危険があるのだ。だから彼はここに住み付いてからも、川辺りでの行水は膝下までに抑えている。当然、洗髪もしていない。

―――雷雨は益々激しさを増していく。すぐにやむ気配はない―――。

ふと彼がその視線を眼下の河川敷に向ければ、橋下の河川敷に、野球少年たちが雨宿りしているのが見える。堤防上の哲三のいる場所から30メートル近くも離れている為、滝のような雨音と激しい雷鳴に掻き消され、少年たちの興奮気味の会話はまったく聞き取ることが出来なかったが、雷の余りの迫力に皆が心を奪われているらしい。

護岸堤防の上に哲三が対象とする人影は今も一つきりだ。子犬を連れた少女の姿。他には誰一人として、雨宿りに駆け込んで来る様子はない。

「すごく可愛いいんだよなあ・・・・、きっと“まだ”中学生くらいか・・・・」

―――明らかに育ちの良さそうな純真可憐な少女―――。

浮浪者たる今の彼にとってみれば決して手の届くことはない至高の存在。彼女の手を握るどころか、言葉を交わすことすら許されないだろう。いや、近付いただけでも、汚物を見るような目で蔑まれた挙句、見ることすらも汚らわしいと言わんばかりに無視されるのかも知れない。こうして物陰に隠れて、ただ単に少女の可憐な姿を10メートルと離れていない所から見取れているのが精一杯だ。

そう・・・・、わずか“10メートル”―――。

(ピカッ―――)

(ビシビシビシィーッ、ドドーン!)

突如、更に凄まじい雷鳴の轟きが稲光と同時に橋下に届いた。途端に少女の後ろ姿がビクッと怯え、尻ごみするようにして更にこちらへとあとずさってきた。それを見て、哲三の中で何かが弾けた。

(こりゃ、イケる!)

哲三の心の中で、少女への「愛憬の情」がムラムラと「柔肉への渇望」へと変転していく。同時に彼は、自分と少女との間にそびえる「高い壁」が音を立てて崩れていく思いを抱いていた。

(どうせこんな退屈な町とはすぐにオサラバだ。それに、あの子を自分の好きなように出来るんなら、もう死んだっていい!)

突然の夕立ちによって新たなエロ本拾集の機会を奪われてしまった47歳の独身男。催したまま狂おしいまでにくすぶらせてしまったその性欲の捌け口を、罪なき少女の生身の肉体に求めることに、もはや何の迷いはなかった。いや、長すぎる浮浪の暮らしの中、女の柔肌を欲して二十年以上もくすぶり続けた男の本能が、遂に今、限界点を突破したのだ。エロ本如きでは鎮めきれない熱き男の衝動が!

(ゴクッ―――)

哲三の乾いた喉が鳴る。が、その時、少女が一瞬こちらを振り返った。慌てて哲三は廃棄冷蔵庫の物陰に顔を引っ込めた。

(見つかったかもしれない・・・・)

今彼女にこちらの存在を感付かれてはすべては水の泡だ。下手をすれば彼女に近付く前に橋の下から逃げられてしまうことだろう。

しばらくして哲三はおそるおそる冷蔵庫の物陰から顔を出し、再び少女の動向を伺った。

少女はしゃがみこんで子犬をあやしていた。しかも、こちらにその小さな背中を向けたままである。

(よし、まったく気付かれていない)

―――雷雨は更に激しさを増している。護岸堤防の上には、少女と子犬の姿だけ―――。

哲三は慎重に策を練り始めた。

(誰にも見つからずにあの子を小屋の中に連れ込めば、それで成功だ! その為には・・・・)

幸いにも彼の住むダンボールハウスは、ちょうど巨大なコンクリート製の橋げたを背にしており、住居が並ぶ生活地区からは完全に死角となっている。が、反対の川方向からは極めて見通しが利く。コンクリートで出来た堤防の急斜面を5メートル下った河川敷からは、彼の住むダンボールハウスも丸見えの状態なのである。

しかし、そんな川辺の河川敷から見ても死角はある。つまり低いところから仰瞰(ぎょうかん)すべき以上、堤防の奥ばった個所までは見ることが出来ない。同時に堤防の地面に近い低い空間にも確実に死角が生じているのだ。

(すぐに押し倒して口を塞げば、河川敷のガキどもにも気付かれないはずだ。そのまま橋げたの壁に沿って、ここにあの子を連れ込んでしまえば、もうこっちのもんだ!)

哲三はそう考えながら、バッグの中から薄汚いタオルを取り出した。少女の口封じの為だ。そのまま息を飲んで、廃棄冷蔵庫の陰から少女の様子を探る。

外の雷雨も激しく、時折、少女がビクッと怖じける様子が手に取るように判った。同時に河川敷でも、野球少年たちが雷の凄まじさに目を奪われ、皆が稲妻の走る川面方向の雨空を見ている様子だ。

「よし、今なら多少騒がれても雷と雨の音で何とかなる。やるなら今だ!」

しわがれた声で、哲三はそう自分で自分に言い聞かせた。そんな彼の目にどす黒くて熱い何かが輝いていた。

哲三は足音を消すため、ボロボロのクツを脱いで素早く裸足になった。ひんやりと固い感覚が足の裏に伝わる。そして遂に、彼は息を潜めつつ背中を丸め、少女の背後へとゆっくりと接近していった・・・・。

 

―――浮浪の男「哲三」、四十七歳。忘れ得ぬ歓喜と恍惚の日―――

そして、瑞穂十三歳。生涯忘れることの出来ない悲劇と屈辱と涙の出来事・・・・。

 

夏、河川敷にて・・・・。

 

 

 

 


《注意》

この物語はすべてフィクションであり、登場する如何なる人物、団体、国家、人種、地名及び地域等、すべてが架空のものです。また、男性にとって有利とも受け取れる女性の心情に関する心理描写、及び身体機能の記述は、すべてが事実と異なる誤ったものです。尚、本作品内にて使用される「浮浪者」「ホームレス」等の語句は、すべて本作品に登場する主人公「哲三」の怠惰な浮浪生活を表現する為の語句であり、広く実在する屋外生活者の一部又は全体を指すものではありません。

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