「ときめきLOVEレッスン」 岳瀬浩司著
★レッスン2
「う〜ん、泣き真似もそろそろ通用しなくなったかなァ・・・・」
美和は、ブラブラと駅前の商店街の中を歩いていた。すぐに帰って純平を安心させるのも癪なので、純平に気に掛けてもらおうと、少し遅くまで時間を潰してから帰ることにした。
制服姿に学校カバンの組み合わせでは、ゲームセンターにも入れなかった。が、今はともかく、カバンが重いことが癪に障る。アメリカではお気に入りの花柄のトートバックで通学できた。しかも中身はノートと筆箱くらい。教科書や辞書は生徒用のロッカーに置いておけた。こんな皮製の重いカバンに尚も重い辞書や教科書を毎日たくさん詰め込んで通学する日本の中学生たちが信じられない。頻繁に持ち手を変えないと、手にマメが出来そうなくらいだ。
だが、癪に障るのはそれだけに留まらない。アメリカの生活習慣がすっかり身に付いてしまった美和にしてみれば、自分の気持ちや意見をはっきりと言わない、自己主張をまったく放棄したかのように見える教室の雰囲気も到底好きになれるものではなかった。
『好きだから好きと言う』『好きな男の子と少しでも長く一緒に居たい』
美和にしてみれば当然の気持ちであり、それを素直に表現しているに過ぎない。何を男子たちと女子たちで意識して対立しているのか理解できない。そう、美和にはクラスの男子たちと女子たちの雰囲気が「対立」に映っていた。それに異端児として自分を避けているのも感じている。でも、そのことは余り気にしない。純平の傍に居れば、それだけで満足だ。純平のお嫁さんにしてもらうのが美和の帰国の最大の目的なのだ。
それだけに、こうして一人でブラブラしていることはかなり辛い。教室内での自分に対する接し方一つを見ても、純平がかなり体面を気にする性格だというのはすぐに判った。だから、純平を慣れさせるつもりで、必要以上にベタベタしたり、教室の皆にも二人の仲を公認のものにしてもらおうと、積極的にアピールした。が、純平は却って頑なな態度を取り、二人っきりの時でさえ、最近は教室の中に居る時と態度が一緒なのだ。思惑が外れるどころか裏目に出た格好である。
「やっぱ、あげちゃうのが手っ取り早いのかなあ・・・・」
美和の思う「あげちゃう」とはつまり「処女(バージン)」のことである。お互いに心身健康な思春期の少年少女でもあれば、ごく自然にそこまで考える美和。アメリカでは中学生の間にロストバージンを済ませることなど、珍しくも何とも無いし、逆に成人して結婚するまでバージンを守り通すのも「有り」だ。個人主義が強く根付いたアメリカでは、たとえ何歳であろうと、お互いが好意を抱いている以上、セックスへと発展するのもまた一つの自然の流れなのだ。
初めてのことだけに美和にしても勇気が必要なことだったが、純平も健康な男子中学生だ。異性の体というものに関心があるのは間違いないことだろう。それだけに有効な武器だった。
そうなると、やはり大切なものだけに安売りも出来ない。二人の記念日とする「何か」が必要だった。
「あっ、来月がちょうどいいや」
歩きながら考えていた美和だが、あっさりと最良の記念日が近いことを思い出した。純平の十四歳の誕生日がちょうど来月なのだ。奥手の純平に対して、自分の方から自身の体をプレゼントするのに、これほど適した日はない、と一瞬思った・・・・のだが、立ち止まり、深く溜息をついた。
「ふうぅ・・・・そうなのよねぇ・・・・、純ちゃんたら奥手なんだから・・・・」
それは美和の中にいるもう一人の美和の意見。冷静に考えてみればその通り、キスやペッティングをする間柄にもなっていない二人が、突然セックスするというのもかなり強引な展開だった。何より、そうなれるものなら、とっくにそうなっている。純平と結婚するつもりの美和にすれば、純平が求めてくれば拒む理由などまったくないのだ。
「何かいい方法って無いのかしら・・・・」
立ち止まり、ショボンとしながら呟く美和。再び歩き出そうと、やや顔を持ち上げた時だ。
「占い・・・・の・・・・館・・・・?」
目の前の置き看板の文字が自然と目に留まった。
(あっ、そう言えば、ここの商店街・・・・)
美和が帰国して間もなく、純平が近所を案内してくれたことがあった。その時にこの駅前の商店街も通ったことがあり、その際にもこの「占いの館」の看板を目にしていたことを美和は思い出した。
あの時も美和はこの看板を目に留めていぶかしがった。何故なら、その時は単に通り過ぎただけだったのだが、看板の近辺や周囲にいくら目を配っても、肝心な占い屋らしいものがどこにも見つからなかったからだ。そんな理由で記憶に残っていた。
気になりだすと止まらないとばかりに、美和は看板の前に足を止めたまま、周囲をキョロキョロと見回した。見付けたからといって入る気は毛頭無いが、とにかく看板があって店が無いという謎を解き明かさないと気が済まなかった。
看板の前はドラッグストアで、そのお隣りはラーメン屋・・・・、その間の路地は狭く、ドラッグストアの目玉品のトイレットペーパーが大きくはみ出して、背の低い美和の視界を完全に塞いでいた。が、そもそも人が通っていける広さでもない。
ならばとばかりに、通路の反対側に目を転じるが、ハンバーガー屋で、占いの「う」の字さえ関係が無い。ましてや、わざわざ通りの反対側に看板を置くなど、有り得ないだろう。
美和は余計に気になった。こうなると何が何でも見付けないと納得出来ない。もう少し近辺を探ろうとラーメン屋の前を通り過ぎた。すると、ラーメン屋の建物のすぐ脇に錆びてボロボロになった外付けの階段があるのを発見した。
階上を見上げた。階段の踊り場の鉄枠に、手書きのとてもお世辞でも奇麗と呼べない文字で「占いの館」という木製ボードが掛けられていた。
やっと見付けた。スゥーッと気持ちが晴れた思いだ。と同時に、何だか占い屋そのものにも興味が湧いてきた。美和も女子中学生らしく、占いというものには昔から興味があった。しかし、血液型や星座占いなど、もっぱら雑誌に掲載された占いばかりで、本格的に占い師と対面して占ってもらった経験が一度も無かったのだ。美和は運命的なものを感じ始めていた。この時間、一人でこの商店街をあてもなくブラブラして、偶然にも占いの店を見つけたことや、足を止めた自分、そして、今朝のテレビでの今日のふたご座の運勢を思い出した。
『未来を左右する新しい出会いがあるかも』
学校で新しい出会いは無かった。あのまま純平と仲良く帰宅していたら、それこそ可能性はゼロだ。しかし、こうして今、自分はここに一人で立っている。
(そうだ、せっかくだし、純ちゃんとのことを占ってもらおう)
そう思った美和はすぐに財布の中を確かめた。三千円あった。占い代がそれ以上なら諦めようと決めて、美和は階段を一段ずつ上がっていった。
扉が開いたままの入口には暗幕のような黒いカーテンが下ろされていた。
「すいませーん」
カーテンの隙間から伺える真っ暗な部屋の中に向って美和はそう声を掛けた。
「はい、どうぞいらっしゃい」
暗い部屋の中から、そんな男性の声が返ってきた。美和は顔だけをカーテンの向こう側へと差し入れ、中の様子を伺う。
暗闇に目が慣れてくると、部屋の中の様子や部屋に居る男性の容貌がはっきりと見えてきた。顎鬚をたっぷりと蓄えた、まるで仙人のような雰囲気の初老の男性。そして彼の目の前に置かれた大きな水晶玉・・・・。東洋易学を絵に書いたような占い師と、西洋易学の象徴でもある水晶の取り合わせに、思わず美和は吹き出しそうになった。それにしても、部屋の壁に至るまで暗幕で誤魔化している何とも安上がりっぽい内装だった。
「あ、あの、おいくらなんですか?」
「初回は二千円じゃ・・・・が、当っておらぬなら、代金は無料で良いぞ」
(へ〜、良心的なんだぁ〜)
中学生の美和にしてみれば二千円といえども大金だ。外れた占いなどされて差し出すには余りにも痛すぎる出費だった。しかし、外れれば無料になるのなら、そのリスクは解消できて安心して占ってもらえる。
「それじゃぁお願いします」
「うむ、では、入りなさい」
美和は言われたままに黒いカーテンの内側へと足を踏み入れていった。
「あ、あの・・・・」
美和がそう言い掛けた矢先、男性が笑顔で話し始めた。
「判っているよ。占いが少しでも外れておれば、本当に『見料』は無料(タダ)なんじゃ。さあ、こっちにきてここに座りなさい」
もしも占いが少しでも外れると見料が無料と改めて聞かされ、美和は安心した。そして占い師に促されるまま、テーブルの前にあるパイプイスに腰掛け、学生鞄を椅子の足元に置いた。
「春回(しゅんかい)の占い館にようこそ。わしはこの道三十年の占い師で、宝徳院春回(ほうとくいんしゅんかい)と申す。手相や水晶、そして占星、八卦、風水、陰陽からタロットカードに至るまで極めておる」
春回と名乗る占い師のそんな古風な話し言葉が滑稽で、美和はクスッと笑った。まるで時代劇に出てくるような言葉遣いだ。
そんな美和を前にして、春回と名乗る占い師は言葉を続けた。
「確かに占いは未来を予言する。しかし、未来というものは本人の気持ちや行動次第で、更に次の未来を生み出すのじゃ。暗闇の中に居る者にとって、正しい占いと正しい助言こそが、その者の足元を照らす懐中電灯になることだろう。が、前へと歩くのはあくまでもその本人なのじゃ」
占い師の古風で滑稽な話し方の中にも、美和はコクリと頷いて見せた。何事も行動的な美和の信条に適う言葉だったからだ。そして、次なる占い師の言葉が、美和の心を一発でわし掴んだ。
「おぬしは今、恋する若者のことで頭が一杯なようじゃな・・・・、しかも、二人の関係は、上手くいっているとはとても言い難いと出ておる」
「えっ?」
生年月日どころか名前すら明かしていない段階で恋の悩みであるということを見抜かれた美和は、目を丸くするばかりだ。
「ほほう、この水晶が映しておるぞ・・・・。う〜む、おぬしの恋の相手は・・・・、身近な若者・・・・か・・・・。それに若者の方は、おぬしが若者を想うほどは、おぬしのことを想っているわけでもなさそうじゃな・・・・」
美和は更に目を丸くした。次の瞬間には思わず身を乗り出して占い師に問い掛けていた。
「一体どうしてそんなことまで判るんですか?」
「ホッホッホッ、この水晶がそう申しておるからじゃ。おぬしはその若者のことが好きで好きでたまらないらしいとな。おや?」
そう美和に答えながらも、占い師が水晶球に目を投じながら険しい表情を浮かべた。占い師の沈黙を前にして、美和の心に不安が走った。
「どうしました・・・・? 何か、悪いこととか水晶に出ているんですか・・・・?」
しばらく黙って水晶球を見ていた占い師が、美和へと顔を上げた。そして、気の毒そうな眼差しで美和の目を見詰めながら、重そうにそのあごひげをたくわえた口元を開いた。
「・・・・悪いが、若者のことは出来るだけ早くに諦めた方が良いな・・・・」
美和は驚きを隠せぬまま、思うよりも先とばかりに「どうして」と占い師に問い返していた。
「おぬしにとってかなり手強い恋敵が、間もなくその姿を現すことになるじゃろう。そして、若者とその彼女は永久に結ばれる」
「えっ、純ちゃんにあたし以外の恋人が?」
「左様・・・・、おぬしがその若者を想う気持ちと同じくらい、若者は彼女への気持ちを抱くようになる、いや、既に若者の心の中には、彼女への愛が芽生えてきておるようじゃ・・・・」
「そ、そんな・・・・!」
美和はショックだった。思い当たる節があったからだ。
離れ離れで過ごしてきた五年間の歳月で、純平との間にすっかり心の距離が生じてしまっていたことを、美和は純平と再会した時から強く実感していた。純平が自分につれなくして見せるのは照れ隠しのポーズだと片付けてはいるものの、その実、美和の中の「女の勘」は、純平の心の中に既に他の少女が住んでいることを直感していたのである。
そして、純平と同じ学校、同じクラスに通い始めた美和は、すぐに恋敵の存在を同じ教室の中に発見することになった。教室で純平がチラ見する方向に、決って一人の少女の姿があったからだ。
――藤塚麻美。
大人しそうな、長い髪をポニーテールに束ねた、とても女の子っぽい少女・・・・。顔も可愛いし綺麗な少女だった。
純平のタイプなのだろう。しかし、活発でボーイッシュな美和とはタイプがまったく異なっている。もしも恋のライバルになれば、到底勝ち目は無い。そのことが美和の不安を駆り立て、学校でも純平に対して積極的に好意を示さないと気が済まなくなっているのである。言わば藤塚麻美に対する「牽制」や「警戒心」の表れでもあったのだ。
純平だけでなく、他にも何人かの男子生徒の目が、藤塚麻美の挙動や仕草を追っていることにも気付いた。幸いなことに、まだ今は純平の片思いに過ぎない状態だと美和は思う、が・・・・。
「どうすればいいんですか?」
悲痛な面持ちで美和は占い師にそう尋ねた。
「それでは、更に詳しく正確に占って進ぜよう。この紙に、おぬしの名前や生年月日、知っておれば生まれた時刻、それから血液型など、それに相手の名前や生年月日なども、判る範囲で良いから正確に書きなさい」
美和は言われたまま、手渡された白い紙にボールペンで、自分の名前や生年月日など、そして純平の分も、出来るだけ多くの情報を書き込んでいった。
そして、書いた紙を占い師に手渡して、ようやく本格的な占いがスタートした。
「う〜む、どうやらおぬしの気持ちばかりが大きく膨らみすぎて、どんどん良からぬ方向へ流れておるのお・・・・。それに、本来の相性は良いであろうに、この純平君という少年の方にも問題があるようじゃ・・・・」
美和にすれば、まさにその通りだった。まるで身辺調査でもされていたかのように二人の間をピタリと言い当てられ、益々、占い師に信服の念を抱いてしまった美和は、やがて尋ねられてもいないのに、自分から実情を打ち明け、占い師の助言を得ようとまでしていたのだ。
「純ちゃんのお嫁さんになりたくて、せっかく日本に戻ってきたのに、純ちゃんたら、全然あたしのこと構ってくれないんです」
「うむ、それも水晶にはしっかりと出ておる。おぬしが外国から戻ってくるまでの間に、少年の身に大きな変化が起きておる。うーん・・・・、これは深刻じゃ・・・・」
「えっ・・・・?」
「このままでは、二人の仲は永遠に結ばれぬところじゃ・・・・が、今日、おぬしがここに来たことで、未来が開けたと水晶は告げておる」
「ほ、本当ですか?」
占い師の口からようやく出た良い未来に、美和は目を輝かせて身を乗り出すほどだった。今やすっかり占い師の言葉を信じきっている美和。
「しかし、その為にはやはり、『儀式』が必要と出ておるな・・・・」
「儀式・・・・?」
「うむ、わしが長年の経験と研究から編み出した恋愛成就を確実にする儀式のことじゃ。その儀式をすれば、おぬしの願いは簡単に成就すると水晶は告げておる。しかし、儀式をしなければ・・・・」
「えっ、その儀式をしないとどうなるんですか!?」
不安な表情もあらわに美和は占い師に尋ねた。
「おぬしはその少年への気持ちを心に封じ込めたまま、少年が別の女性と幸せになっていくのを、黙ってじっと見続けることになり、今の気持ちなどとは比べられぬほどの苦しみと悲しみに耐えながら生きていくことになるじゃろう」
美和は目の前が真っ暗になった。今でさえ、胸がキュンと締め付けられるくらい純平のことが好きで好きで仕方が無い。そんな純平に冷たくされてこんなに落ち込んでいる自分が、この先、これ以上の苦しみや悲しみを味わうなど、ましてや他の女性に純平を取られることなど、とても耐えられるものではない。
「儀式をしてください・・・・」
占い師の言葉を信じきっている美和は、迷わずそう申し出ていた。
「よかろう。但し、効き目も絶大なわしにしか出来ぬ儀式じゃ。本来その儀式の代金として20万円をもらっておるのじゃが、中学生のおぬしには特別に5万円にしてやろう。それでも中学生にはかなりの金額の筈じゃ。払えるかな?」
確かに占い師のいうとおり、5万円は中学生のこずかいの範囲を大いに逸脱していた。しかし美和は20万円もする高額な儀式が5万円にしてもらえると聞いて、自然と脳裏に金策を模索し始めていた。何しろ通常では20万円もする儀式なのだ。どんな儀式なのかは見当も付かないが、自然とその効果の絶大さを期待してしまっていたのである。
(貯金を下ろしたら何とかなる・・・・)
「わかりました。お金は用意します」
「うむ。では、儀式を執り行う場所だが、厳かに静粛に進めねばならぬし、わしとてかなりの体力を消耗するので、次の日曜日の昼の1時にその少年と一緒にわしの家に来なさい。これが住所じゃ。良いかな、大事な儀式じゃ。おぬしも少年も、必ず身を奇麗に清めてから来るんじゃぞ」
美和はそう言われて住所と時間が記されたメモ紙を占い師から受け取った。そして、見料の二千円を請求されると、財布から二千円を取り出して占い師にペコリと頭を下げながら手渡したのだった。
「はい、二千円、確かに・・・・」
「それじゃあ失礼します」
「うむ、日曜日の1時じゃ、遅れるでないぞ」
「はい」
こうして美和は、春回の占い館を後にしたのだった。
【 レッスン3へ 】
《注意》
この物語はすべてフィクションであり、登場する如何なる人物、団体、国家、人種、地名及び地域等、すべてが架空のものです。また、男性にとって有利とも受け取れる女性の心情に関する心理描写、及び身体機能の記述は、すべてが事実と異なる誤ったものです。
<ジュピターインターノベルズ>